一筆箋
御意見、御感想をお聞かせ下さい。近況報告、獨り言等も御自由に。
終點聚落同好會(假稱)の研究報告は隨時募集してゐます。
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マイクソソフトワードで生成したpdfの出力に矢鱈滅多等手間取る
のは何故だろう。滅茶苦茶なデータを無理矢理それらしく見せかけ
ているせいなのか。ワード文書とセットで撒く為に作成して、泣き
を見る。
閲覧者各位には既に御承知の通り、現在の一筆箋は平成二十年九月
三十日を以て消滅します。これに伴い、新番地に一筆箋を移転しま
す。既に稼働実験を行っている最中です。追って転送先に鏈接致し
ますので、いま暫く御待ち下さい。
北京五輪は一向に見ないが、開会式で「東方紅」等の革命歌を歌っ
たと聞き、流石に失笑を禁じ得なかった。
Necropolises. 本当に使うものだとは。
『ペリクレース伝』の問題の箇所をこんな具合にしたら、もう少し
構文に忠実で、通りがよくなりそうだ。
「賤しい者が自らの手で物を創り出す―益体もないことに骨を折っ
ているのだから、善美を蔑ろにする行為ですよと、自分で暴露して
いるのだ」。
前後の脈絡を視野に入れると、どちらの訳がよいのか、一概には言
えないのだけれども。ギリシア語の心得のある方は、翻訳を工夫な
さってみると、よい暇潰しになるでしょう。
柳沼氏の易簀が惜しまれる。
「卑しい仕事に直接手を染める者は自分のしていることが何の役に
も立たないということで焦燥を覚えるが、この焦燥こそは、それを
して立派な事柄に対する無関心に他ならないことを自白させている
のである」。
安藤弘の訳すプルータルコスの『ペリクレース伝』第二章冒頭であ
る(村川堅太郎編『プルタルコス英雄伝 上』ちくま学芸文庫)。
例によってちっとも判らない。
拙宅には柳沼重剛訳がないので、手抜きもここまでと観念し、原文
を読んで試訳。
「賤しい者が自らの手で物を創り出すのを見れば、益体もないこと
に骨を折るのは、善美を蔑ろにする行為であると直ちに知れる」。
原文は
hE d’ autUrgía tÔn tapeinÔn tÊs eis tà kalà rhAithYmías mártyra
tòn en toîs akhrÉstois pónon parékhetai kath’ autÊs.
おみつ、ひとつ頼みますよ、カラフルラムネバー。うちの近所では
OKというスーパーで得用箱入りを販売していると、掲示板を御覧に
なった、さる筋の方が教えて下さいましたが、おみつストアでも売っ
ていると安心です。よいこ(いいオッサン)は一日一本です。
こんにちは
カラフルラムネバーはまだみたことがないので、問屋さんに聞いてみます。食べたい!
入荷したらすぐに報告しますね(笑)
レーシックの情報 ありがとうございます! 今後の参考にさせていただきます。
頭が悪いので、(頭の)悪い文章を読むと、ひどく疲れる質である。
翻訳物をあまり読まないのもそのせいだし(上出来でも国語とは言
い難い仕上がりになってしまう)、論文を読み下りかねるのも、己
の怠惰というよりは、恐らくこの性質によるものに相違ないと、手
前勝手な理窟をでっち上げているのだが、まんざら根拠のない話で
もないような気がしてきた。
係り結びの壊れた文章、文法の破綻した文章、思考のシの字も感じ
られない文章を読んで、肩が凝り、気力を殺がれ、放心する状態を
久振りに味わってみてのことである。
「昔の人のすごいところは、なぜそらにとぶ技術もないのにもかか
わらず、そらえとんでいた」。
これは架空の文であるが、この手の文が脈絡もなく連なっている文
章を、ここ二日ほど読まされていた訳だ。そしてこの手の文章であ
ればあるほど、現代日本のディスクールが如実に表れることも、今
更ながらに知った。
高等学校の朝のホームルーム(というのか?)で、毎回挙手し、最
近自分は若王子支店長の安否が心配だと、意見を発表していた同級
生がいた。一度「時事に心を砕いて立派である」と褒められたせい
だろうと眺めていた時の心持ちが、「昔の人のすごいところは」式
の文章を読まされ、甦る。
……という具合に、「今更ながらに知った。……高等学校の朝のホー
ムルーム(というのか?)で」の間に横たわる飛躍が連なる文章群
を読まされていたのです。なお上で省いた脈絡は「安全に人の同意
を調達できる文言を口にする者は、往々にして思考を止めているの
であり、思考を止めた人間でも、輿論を支配するトポスを口にする
ものだ」であり、「その甚だ下らない例に至っては云々」というも
のである。もちろん、脳内に浮かんだ脈絡を全部書き記して、論理
学的に正しい、数学的で美しいと喜ぶ者の文章も病的である。その
手の病んだ文章は網上に満ち溢れているが、幸い今回の肉筆原稿に
紛れ込んではいなかった。
いっかな消滅せず不思議の念を催すものが、粉物を入れた袋の口に
仕込まれたジップロックである。利便を謳っているものの、利便の
欠片もなく、寧ろ不便極まりない。片栗粉の袋。あのきめ細かい粉
末が、一度袋の口を通れば、ジップロックの溝に紛れ込み、もうジッ
プもロックも出来なくなる。千里の堤も何とやら、二度、三度と繰
り返すうちに、溝は隅から隅まで粉まみれとなり、今度はそこから
周囲に粉を撒き散らす。なぜ、ジップロックをつけるのか。気味が
悪い。
ごぶさたしています。暑いですが、お変わりなくお過ごしですか?
目はその後も大変快適です。視界が広がったので、運転もとても楽です。皺だ
の白髪だの、見えなかった方が幸せだったものも見えてしまいますが…でも
それでも頭痛や肩こりが軽減されて大変宜しいです。0.1以下だと、本当に大
変でしょうね。レーシック、いいですよ!それから、手術なので生命保険が降
りることになりました。2000年にレーザー角膜術が認可される以前に加入し
た保険だと、降りる可能性が高いそうです。そういえば、9月30日が期限の2
万5千円オフチケットを渡されました。お使いになりますか(笑)?神奈川ク
リニックです。とはいえ、目のことなので、時間をかけて決めた方が良いよう
に思います。
停電、御愁傷様でした。お店はそういう心配もあるのですね。50分は相当に
長いですね。ケンブリッジではしょっちゅう長ーい停電があり、オール電化の
家が多くて停電中は本当に何もできないので、皆光を求めて通りで右往左往し
ていました。ところでおみつストアさんでは、カラフルラムネバーは売って
らっしゃいますか?
暑中お見舞い申し上げます Good妻 さん。 ご無沙汰しております。
レーシックの手術 無事成功おめでとうございます。また詳しく教えてください!
私も「勉強のし過ぎ」で視力は0.1以下 しかもよく眼鏡を壊してしまうので矯正することができたらいいなと思ってます。
それからアイスといえば、一昨日当店の近辺が50分ほど停電になってしまい、危なく
売り物のアイスが溶けてしまうところでした。お義父様も思わず飛び出して来て様子を
うかがってました(笑)
当節の流行は「“思い”」である。ダブルクオートを忘れてはいけ
ない。国語の表記に何故ダブルクオートなのかは判らない。鉤括弧
でもよさそうなものだが、ダブルクオートも含めて一つの表記となっ
ているらしい。
曰く思考停止である。曰く不佞の御機嫌を損ねるなである。
このキーワードが出てきたら、人は沈黙を強要されるのである。ま
かり間違っても「どんな“思い”なの」と訊いてはならぬ。「人格」
「個性」と同じく、神聖にして犯すべからざる呪符なのである。価
値なのである。恐らくはダブルクオートに、深遠なる謎が隠されて
ある。
The good news.
昨日レーシックの手術をしてきました。0.15の視力が一気に2.0にアップ!
眼鏡もコンタクトもいらない生活がこんなに快適だったかと、感動してい
ます。すごく恐ろしい手術かと思っていたら、あっけない割に効果覿面で、
拍子抜け。しかしあまりに何でもかんでもよく見えるので、ついつい中吊
り広告など全ての文字を隈無く読んでしまって、それはそれで疲れる。
The bad news.
「カラフルラムネバー」がセブンイレブンから消えてしまいました…。がっくり。
このところの溽暑に堪りかね、水を浴びるようになった。シャワー
で水に打たれていると、剣橋の壊れた給湯器ことなぞも思い出すが、
それ以上に懐かしいのは、少時の水垢離と、西域の旅である。
水垢離とはいっても、神明に侍るためにするのではなく、単に親父
の方針(思いつき)で、一時風呂上がりに洗面器二、三杯の水を浴
びさせられただけのことである。夏はともかく、冬場は浴室の中で
も子供心に厭わしいことであった。多少は健康の増進に役立ったの
だろうか。
西域の旅は、大学生が夏休みの暇に飽かせて繰り出したものである
から、まず暑い。溽い島国の夏から、夏の大陸に出張ると、乾燥の
度合に戸惑う。日影を歩くと肌が痛い。木陰に入ると「湿度が低い
ので爽快」だと、どの旅行指南書にも書いてあるものの、絶対温度
が高いので、それほど凌ぎ易くもない。暑い。
沙漠に近づくと、気温も乾燥も桁違いになり、どうしようもない。
当時は冷房施設なぞなきに等しかった。超高級ホテルならば兎も角、
そのようなところに縁がなければ、冷たい水を飲むことすらままな
らなかった。維族の文化圏に入れば、氷水で割ったケテック(ヨー
グルト)を口にすることが出来たが、氷も水も、日本人の胃腸を直
撃することは請け合いである(もちろん、正露丸もきかない直撃を
エンジョイするのも一興ではある)。逃げ場のない暑さというのは、
とにかく神経に堪える。
「上無飛鳥。下無走獸。但以死人枯骨。爲慓幟耳」と法顕が枯れた
声を絞り出すように書き綴った漠地での楽しみは、何と言っても水
浴である。初めてトルパンを訪ね、ディスコの二階で一泊五角の木
賃宿に泊まり、草履履きのまま浴びた洗淋[シャワー]の水の心地
よかったこと。葡萄溝の雪融け水の涼しさや、葡萄棚の落とす深い
陰なぞ、霞んでしまう。翌年、西安興慶宮附近で泊まった、快楽旅
社(いかがわしい施設ではない。一泊八元)の暗い洗淋室で水を浴
び、下痢をするくらいに身体が冷えて、嬉しかったり、戸惑ったこ
ともあった。二十一時前に、隣の隣で葬式を出し、葬列で絶叫する
鳴き男、泣き女、夜明け前に「モー! モー!」と人を呼ばう恐ろ
しげな呻き声とともに、いまも記憶に鮮明である。
その日は碑林を見物して、売店の姐さんと懐素の千字文に就いて感
想を語り合い、兎に角読むのに骨が折れると、愚にもつかぬ点で意
見の一致を見たことなどは、いま、当時の記録を読み返すまではすっ
かり忘れていた上に、読んでもなお、思い出せぬ故事ながら、その
数日後に砂嵐に襲われて、避難した先の敦煌賓館三二二室で、帰国
後には一リットル入りのステンレスのコップにヨーグルトを満たし
て一気飲みをしてやろう、アイスクリームの食い放題を企劃しよう、
牛乳を痛飲しよう、少年ジャンプのバックナンバーを斜め読みしよ
うという、まことに莫迦げた希望に加えて、水風呂に肩まで漬かる
などと、手帳に書き記したことなどは、その文字を見るまでもなく
思い出すのだから、やはり逃げ場のない暑さの中で相当に参ったも
のと見える。
ちなみに、我が家で「夕涼み」というのは、近所のセブンイレブンに出かけて
アイスキャンディーを買う事を意味するんで、従って真冬でも「夕涼み」が行
われる事もある。ここのところは「夕涼み」といえば、もっぱらセブンイレブ
ンで森永の「カラフルラムネバー メロンソーダ 」を買う事を指す。でも最近、
いい大人が毎日連れ立って同じものを買いに行くのはちょっと恥ずかしくなっ
て来て、別のものを買ったりもする。といっても「ガリガリ君」とかなんだけど。
ところで昨日は、起きがけの元夏迪氏に話しかけたら、ひとこと
「…疫病の神様…」
という返答がかえって来た。虚をつかれて「なんのこと?」と尋ねたらば、
「アポッローン」
と呟いた。でも決して寝ぼけていた訳ではなく、睡眠と覚醒の狭間にあって、
神のお告げが下されたのだと言い張っている。
昨夜、博士課程の院生が「シャホチョウは許せないので、年金は払
いません」と力む姿を見た。そうか、と思った。
希臘語フォント関連のツール。
暑威が迫って愉しいのは夕涼みである。駅から丘の上の上水まで道
を辿れば、寺の裏の植木畑や、情報通信研究機構の樹々が涼気を醸
す。上水に至って、さらに涼爽を味う。流水の音、流水の起こす風
は格別である。日が落ちて附近を歩けば、夏の夜空の闇も明るい。
コンビニエンスストアの誘蛾灯に飛び込む虫が儚い音を立てるのは、
この時分からだ。深夜のコンビニエンスストアの蛍光灯に惹かれ、
乳幼児ともどもワンボックスカーで乗り付けて買い物に興じる莫迦
親が疎ましくもなるのも、毎夏の夜の珍景である。否、常景である。
日本の夏、未来の闇。
先週七月十日木曜曇、溽暑の最中、群馬県に程近い勤務先の植え込
みで、蝉の第一声を耳にした。午前中、千代田三番町では聞かなかっ
た。靖国神社も皇居もあるが、やはり陽気に差があるせいか。昨年
の聞き納めが脳裏に鮮やかなだけに、ありふれた蝉の越えも殊の外
感じが深い。本日十九日には寓居の傍で蜩が鳴く。梅雨も明けた上
水の辺は、愈々夏だ。実家方面では今日、盆踊りであった。
夕霞堂文集には、以前からスタイルシートを二つ用意してある。夕
霞堂用箋と夕霞堂別箋である。スタイルシートを切り替えられるブ
ラウザを御使いで、これまで御存知なかった方は、一度御試し戴け
ればと思う。
教員採用の暗部が取り沙汰されるようになり、大分から他県に飛び
火し始めた。結構なことである。まことに結構なことである。
バナナを買いに出掛けたら、棚にはばら売り百円也が一本だけ。テ
レビ番組で紹介されたバナナダイエットが流行っているせいなのだ
とか。手軽な痩身法を希求するおふくよかな方が近所に沢山いらっ
しゃるようだと知る。
起床したら武州は爽やかな快晴。室中、支那西域城市の通衢を満た
す香が漂っていた。何故だろう。昔こんな漢詩を詠んだことまで思
い出した。
今昧爽から、弊站文集中「この日この本」の閲覧者がちらちらとい
るようである。文集に人が来ることもさほど頻繁ではなく、まして
やこの文章を読む人は、寧ろ窮めて稀といってよい。今日に限って
珍客が相次ぎ、いずれも検索を通じて到来しているのも気になる。
鍵語は「古鷹商事」「内山敬三郎」等である。井上提督で繋がりが
あると言えばあるものの、何となく因縁めいたものを感じる。
ヤマヒデ「かつお入り だしぱっく 椎茸・昆布・煮干いりこ・か
つお」ティーパック方式だから手軽で便利… 10g×20袋入
「三百[だったかしら]のショップスとレストランツ」があなたを
待っているアウトレット市場とかなんとか。通勤時に目にするバス
のボデーのペイント広告。なんでしょうね、意味もなく複数形にす
る、詰まらないこだわりは。型落ち商品の投げ売り市場なんだから、
もっと構えずにやったらいい。型落ちでもブランド品が欲しい人の
為の施設なのだから。
『いま、〈古典〉とはなにか クラシカル・ターンを問う』だそう
です。下載できます。
附録「夕霞堂外遊譜」敦煌の項目に柳園を書き足して、ウィキペディ
アに鏈接を張ったら、瓜州県内の鎮となっている。瓜州は、勿論唐
の時代の呼称であるが、聞き慣れた安西の名が廃されて、少し残念
である。始めて安西の駅を通過した時に、由来も場所も違うものの、
名前が同じ安西都護府を連想して感激したものである。あの日が、
また少し遠くなってしまった。